やっと、ほんとに、夏の終わり。

2011.09.05 *Mon*
9月になって、楽しみだった世界陸上も終わって、台風も去って。
ようやく秋っぽい涼しい風が吹いてきました。
秋はとにかく大好きな季節なので、限りある時間を無駄にしないように過ごすんだ。
その前に、福島の特別な夏。をもう一度。
最終回のひとつ前の記事なんだけど、この中で永田さんはこう書いている。

「スポーツのなかでとりわけ野球が好きな理由はなんだろうとよく考える。」

「個人的な結論のひとつは、野球が『祈れるスポーツ』だということである。」

ああそうか。と、すっと腑に落ちた。
わたしもスポーツは全般的に大好きだけど、野球がとりわけ好きな理由なんて考えたことなかった。
でも、たしかに「祈れるスポーツ」だ。
わたしは、好きなチームの試合中は、ご飯を食べながらとか飲み物飲みながら寝っ転がりながらのんびりなんて見方はできない。
正座です正座。
攻撃側になっても守備側になっても、ずっと祈り続けながら見てます。(そういうことを毎日やっていられないのであえてCSとか契約してないの。)
思い返せば、小学生の時からスポーツはそういう見方で、当時好きだった大相撲も好きな力士の取り組みの時は正座で見ていました。(ちなみに貴花田、のちの貴乃花、が好きでした。)

もう、そういう性格なので、いまさら変えようがない。
もちろん今でも、オートレースも、毎日祈りながら。
中継を観れない日でも、何時頃から始まるなあと常に頭の中に考えながら生活をしています。


「具体的に祈れるようになるというだけで、願いはもう叶いかかってるんだ。」

この糸井さんの言葉はまだちょっと腑に落ちない。
結果的に叶わなかった祈りの行き場が、わたしにはまだうまく準備できていない。
勝手に祈って、勝手に落ち込んで、そんなことは日常茶飯事。
もうこんなことはやめたい、とほんの一瞬だけど、毎回思う。
でもやめない。
やめられない、が正しいのかもしれないけど。

「そう、具体的に祈れるというだけで、いろんなことはすでに叶いかかっていて、
 それこそがぼくらの生きる手応えとなる。
 最終的に、それがぎりぎりのところで叶おうと、叶うまいと、
 その頂に向かう最後の坂道のところに、きっとぼくらの手応えはある。
 行く道のてっぺんに最後の青空がちらと見えた瞬間に、
 ある意味でその人はもう報われている。」


そうか。やっぱり「祈る」というのはただ手を合わせて祈るだけじゃないんだな。
祈りが叶うように努力した上での「祈り」なんだな。
つらくてもやめられない理由はやっぱり、「生きる手応え」だからじゃないかな。
これがなければわたし、毎日何を楽しみに何を目標に過ごしたらいいの。と本気で思ったりする。

でも祈るばっかりじゃやっぱり神様は味方してくれないから。
自分は自分の目標に向かってきちんと歩みを進めなければ。
誕生日に書いた、フルマラソン、エントリーしちゃいましたよ。
今のところどうなるか全然分からないけど、最終的にあきらめたくはない。

ほぼ日つながりで、ほぼ日手帳が送られてくるときの箱に印字してある言葉。
素敵なのでとっておいてあるのです。

2010年版。
iphone_20110905233321.jpg

2011年版。
iphone_20110905233416.jpg

2012年版の発売も始まってるのでまた悩んで注文しないと。
毎年9月1日の発売なので、ほぼ日手帳が発売になると夏の終わりを実感するのです。
今年の夏も、これでやっと終わりかな。
あ、最後に伊勢崎で、今年最後の花火を見る予定です。
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